Rotted One Note

シンセサイザー雑記

【詳解・総評】Analog Rytm —Detailed Review

昨年の夏にModel:Cyclesを手放し、Analog Rytm mk1を中古で購入したのだが、サウンドシーケンサーのいずれの面においても、これは私にとってほとんど理想的なドラムマシンだった。
音を作り込めるドラムシンセサイザーとしてもクラシックタイプのドラムマシンとしても、他に比較対象となるような機材は限られているが、現在の市場で最もコスパの優れたものであることも間違いない。このスペックにして中古相場は約7万だ。
そして昨年11月にはOS1.70がリリースされ、多くのシンセシスモデルが新たに実装されたほか、Chromatic Modeのスケール機能や、ユークリッドシーケンサーの追加など、mk1, mk2共に大幅なアップグレードが施された。

Rytmは2014年に発売されてから、2017年のmk2を経て、もう10年近くElektronのフラグシップ・ドラムマシンの座に置かれた人気機種であるが、その細部にまで迫った資料がまとまったテキストという形では見当たらない。私も手にしてから初めて知るところが多かったため、この記事ではその全貌を細大漏らさず詳細に記述してゆこうと思う。購入を検討する人にとっては良い判断材料となるはずだ。ユーザーにとってもそれなりに読み応えがあるのではないかと期待する。

1章では仕様の概観と、サウンドアーキテクチャの分析的詳述。特に「Three Dual Oscillators」では、Rytmのドラムシンセサイザーとしての力量を深く掘り下げた。2章ではその強みと弱みに注目して、ユーザー視点から特筆すべき機能を個別具体的に述べてゆく。重要なポイントに関しては、マニュアルに記載がないところまで記述した。
この記事ではmk1 (OS1.70)を念頭に置いているが、ハードウェア設計以外の面でmk2との大きな機能の違いはない。その差異については1章「スペック」で短く述べておいた。

次の記事では、Advanced Guideと題して引き続きRytmを扱う予定である。Elektron Sequencerの動作に関する検証や、サウンドデザインの方法論が主な内容になるはずだ。また、マニュアルのものより些か気の利いたコマンド(クイックキー)リストのPDFを作成中。

1. 仕様の詳解 —Anatomy

この章では、Analog Rytmのもつ数えきれないほど多くの機能をまとめあげ、見渡しうるものにする。そのポテンシャルを把握するために、技術仕様を見るだけではとても分からない音源部の構成まで解剖してゆきたい。

i. スペック

8ボイス12トラックアナログドラムシンセサイザー
- Trackごとに最大40のパラメータ
(Synth, Sample, Filter, Amp, LFOの5セクションにそれぞれ8つ)
- Synthセクションには計31種のMachine(=シンセシスモデル)
- SynthとSampleは同時出力可能
- Sampleの再生方式はOneShotかLoopのみ(Sliceは不可能
- 1 GBのSampleストレージ

FX Track(計36のパラメータ)
- センドエフェクトとしてデジタルのDelay, Reverb
- マスターエフェクトとしてアナログのDistortion, Compressor
- FXモジュレーション用のLFO

Velocity Mod, Aftertouch Mod
- ベロシティ、アフタータッチに応じたモジュレーション
- それぞれ、Soundごとに4つのパラメータをアサイン可能

12 Scene, 12 Performance Macro
- それぞれ、Kitごとに計48のパラメータをアサイン可能

13トラックElektronシーケンサー
- 4オクターブの範囲(C1-B4)でノートを出力(FX Trackも同様
- 1 Patternにつき最大64ステップ、Trackごとに個別のステップ数と長さを設定可能
- Pattarnを組み合わせてChain, Songを構成可能
- 分解能1/384のマイクロタイミング
- トリガー条件(Trig Condition)
- 個々のトリガーにSynth, Sample, Filter Env, LFOのトリガーの有効・無効を設定可能(Synthのトリガーを無効にすることで、外部へのMIDIノート出力も無効になる)
- パラメータロック(Patternにつき72パラメータ)
- サウンドロック(個々のトリガーに異なるSoundをロック)
- 大きく分けてGrid Rec, Live Rec, Step Recの3通りの入力モード
- ユークリッドシーケンサーとの切り替え可能

Overbridge pluginによる、コンピューター・DAWとの統合
- Kitの編集、SoundやSampleのブラウズなど
シーケンサーへのアクセスは不可能)

Analog: 2in 10out, Digital: 10in/outのオーディオ出入力
- メイン出力とボイスごとの個別出力(10out)
- 内蔵Compressorへのステレオ外部入力(2in)
- USBオーディオインターフェースとして最大10chの出入力に対し、メイン出入力、FX出力、ボイストラックごとの出入力の計10in 12outをOverbridge Control Panelから割り当て可能(48kHz, 24/16-bit)
- 12のTrackそれぞれに、メインとFXへのルーティングを設定可能


mk2で追加された機能は、私の知る限りで次の二つ。ハードウェア設計やディスプレイの改良により、操作性と視認性が向上したのが大きいが、以下のものを除けばmk1と同等のスペックである。

サンプリング機能
- サンプリング用のステレオ外部入力(USBでの出力が可能)が追加され、外部音源と内部オーディオのサンプリング(モノラル、1つにつき最大33秒)が可能
- 波形を表示するSample Page 2

CV / Expression入力 ×2
- モジュレーション用にそれぞれ5つのパラメータをアサイン可能

ii. サウンドアーキテクチャ

アナログの構成要素は灰色、デジタルは白色で記載されている。

それではボイスの構成を見てゆこう。

1つのボイスのSoundを形成するパラメータはSynth, Sample, Filter, Amp, LFOの5つのセクションからなるのだが、このSynth(=Machine)にあたるものが、上図のNoise Generator + Percussion Sound Generatorだ。
ただしこのPerc-Sound Generatorと称されているものの構成はボイスごとに異なり、VCOに加えてAmp EnvelopeやPitch Envelope、Mixerなどが含まれている。つまり、上図に記載されているものとは別に、Sound Generator固有のEnvelopeなどがあるということだ。(すぐ下に例として挙げたMachine "BD-Hard"のパラメータを見ればよく分かる。個々のMachineは、Perc-SoundとNoiseを異なる仕方で組み合わせて制御する、ひとつのモデルである。ちなみに、全ボイス共通のNoise Generatorの方には、固有のAmp Envに加えてLPF, HPF, Filter Envが備わっている。)
したがってこの時点でパーカッションとしての音の形は出来上がっており、その上でSampleとレイヤーされ、OverdriveやFilterがこれに味付けし、Ampが最終的な音の形を整えるという構成になっている。一般的なシンセとは大きく異なるポイントだ。

Filterは、2-pole Lowpass, 1-pole Lowpass, Bandpass, 1-pole Highpass, 2-pole Highpass, Bandstop, and Peakの7つのモードをもつ、自己発振可能なAnalog Multimode Filterである。Resonanceを高く設定した大胆な音作りができるほか、EQとしても使い勝手が良い。特にOverdriveと組み合わせると、音に生々しい質感が生まれる。
Filter EnvelopeはADSR、Amp EnvelopeはAHD(H =Hold)タイプである。これらEnvを他のパラメータのモジュレーションに用いることはできない。

ボイスごとに備わったLFOは、Triangle, Sine, Square, Sawtooth, Exponential, Ramp and Randomの7つの波形をもち、その動作もFade in/out、Start Phase、Trig Modeによって自由自在に制御することができる。ただしそのDestinationとして設定できるのは、当該のボイスの1パラメータだけである。
パーカッションサウンドの音作りにおいては、Trig ModeをOne / HLF(ノートがトリガーされると一周/半周だけ起動)に設定し、LFOを超高速のEnvelopeとして活用することが多い。特に、後述するように、実はExponential LFOをVolumeにかけてAmp Envの代わりに用いたほうが効果的なのである。

FX用のLFOもこれと同じものであり、DestinationになるのはFX(Delay, Reverb, Distortion, Compressor)のうち1パラメータのみ。そしてもちろん、FX Trackに打ち込んだトリガーによって作動させることもできる。

ところで、上のサウンドアーキテクチャの図には省かれている要素がある。ボイスの音源部としては、Noise Generator, Percussion Sound Generator, Sample Playback Engineの3つが記載されているが、実はここにもうひとつ、USB経由のオーディオ入力が隠されている。上で少し言及したように、Rytmのオーディオインターフェースはメインの出力のみならず、メインとボイストラック個別の出入力を備えており、このボイストラックへの入力がボイスの音源部として並んで加わってくるのである。Overbridge Control Panel(各機器のpluginデバイスとは別に用意されたアプリ)からの設定が可能だ。

アナログのライン入力を各ボイスのサウンドソースにできるなら、モジュラーシンセとの組み合わせなど、様々に活用する機会がありそうだが、デジタルの入力となると使い勝手が悪い。この機能をうまく使っているという例は聞いたことがない。とはいえ、このようなことまでできるというのがRytmの魅力である。(もしかするとElektronには開発当初、Overbridgeをエディターとしてのみならず、拡張デジタル音源として用いる構想があったのかもしれない。通信の遅延が障壁となるが、不可能ではなさそうだ。色々と妄想が捗ってしまう。)
ちなみに、Compressorの直前に送られるステレオ外部入力のルーティングを変更することはできない。

最後に、Analog Compressorにも触れておく。Threshold, Attack, Release, Ratioの設定ができるのはもちろんのこと、Sidechain EQにも4つのモードが用意されている。Makeupによる歪みの効果も悪くない。

iii. 8Voices, 12Tracks, 31Machines

Analog Rytmのアナログドラムシンセサイザーとしての心臓部、Synthセクションの構成について、各ボイスごとの違いを見てゆきたい。

Rytmがもつ8つのボイスは12のTrackに割り当てられており、上図のように、Track 3-4, 7-8, 9-10, 11-12はそれぞれ1つのボイスを共有している。Trackごとに異なるSoundをプログラムすることはできるが、したがって当然ながらこのペアになっているTrackを同時出力させることはできず、右のTrackが左をchokeするように動作する。
そして先述のように、各ボイスはDigital Noise GeneratorとAnalog Perc-Sound Generatorをもっており、後者に関しては上図のキャプションの通り、それぞれパーカッションの種類に応じて回路が異なっている。
この2つのGeneratorを制御してパーカッションサウンドを合成するのが、Machinedrum以来、Elektron Instrumentsではお馴染みの"Machine"と呼ばれるシンセシスモデルである。(ちなみに、シーケンサーではMachineをP-Lockすることも可能。)

計31(33*)種のMachineを8つのボイスごとに整理すると、次のようになる。

3 VoicesTrack 1, 2, 3-4 : BassDrum (7 types), SnareDrum (5), Synth (3)
 —うち3-4の1ボイスはこれに加えて、RimShot (2), Clap (1)
1 VoiceTrack 5 : BassTom (1)
2 VoicesTrack 6, 7-8 : Tom (1)
1 VoiceTrack 9-10 : HiHat (4*)
1 VoiceTrack 11-12 : Cymbal (3), CowBell (2)
(*HiHatのMachineは正確には6種だが、CHとOHで個別に用意された同じシンセシスモデルを2組含んでいるので、実質4種と数えた)

これらに加えて、全ボイスに共通のMachineとして、"UT-Noise"と"UT-Impulse"がある。前者はDigital Noise Generator部分を単体で取り出して、独立したMachineにしたものである。Amp Envのほかに固有のLPF, HPF, Filter Envを備えているため、かなり複雑なパーカッションを作ることができる。後者は外部機器にTriggerを出力するために用意されたものだが、Resonant Filterで音を作りたい場合など、音源としても用いることができる。

各ボイスが備えているMachineの詳細については、User ManualのAppendixを参照してほしい。
ここで特筆すべきは、15以上のMachineが用意されているTrack 1, 2, 3-4の3ボイスである。その他の5ボイスの構成は、2,3のパラメータをもつ一般的なアナログドラムシンセモジュールとさほど違いはない。対してこの3ボイスは、多彩な波形に加えて、Frequency Modulation, Ring Modulationを備えた、極めて強力なDual Oscillatorのシンセとなっている。Bass DrumやSnare Drumを作り込めるのはもちろんのこと、純粋にモノシンセとして優秀であり、パーカッションサウンドに限らずBassやLeadまで完璧にこなしてくれる。この1ボイスだけ取り出しても、パワフルな楽器として成立するほどである。これがAnalog Rytmを「アナロググルーヴボックス」たらしめる、音源部の魅力だ。

iv. Three Dual-Oscillators

Bass Drum, Snare Drum (+Rim Shot, Clap)のサウンドデザインのために設計された、この3つの強力なDual Oscillatorをもう少し深掘りする。 SyntaktのTrack 9, 10, 11の3ボイスにも、RytmのTrack 3-4のものと同じアナログ回路が備わっていると思われる。

このボイスのDual Oscを汎用のモノフォニックシンセとして最大限に活かした、次の2つのSynth Machine("SY-DualVCO", "SY-Raw")を見れば、そのポテンシャルがよく分かるだろう。

もともとAnalog RytmにSynth Machineは無かったのだが、2018年リリースのOS1.45で"Dual VCO"が追加され、さらに2023年のOS1.70で"SY-Raw", "SY-Chip"が追加された。後付けの機能とは思えないほど良くできており、これらのMachineがRytmというドラムシンセの価値を一層高めることになったと言って良いのではないだろうか。
Dual Oscといっても、BD, SDの音作りに特化して設計されたものであるから、片方はSine, Sinesawの2つの波形しかもたないSub Oscのようなものである。Main Oscの出力可能波形は、Sine, Asymmetric Sine (=Skewed Sine*), Triangle, Sinesaw (=Sinetooth*), Asymmetric Sinesaw**, Saw (=Sawtooth*), Square***の7つ。ほとんど違いのないものも含むので、実質5種としたほうが分かりやすいかもしれない。
* User Manualのなかで表記揺れがあるが、同じもの。
** User ManualにはAsymmetric Sawとあるが、誤記と思われる。SY-Rawのみが出力可能。
*** SquareはBD-SharpやBD-Acoustic, SY-Chipなどで選択できる、OS1.70で追加された波形。OS UpdateでVCOに新たな波形が追加されるというそのカラクリが理解できないのだが、歴としたアナログである。

馴染みのない波形や、どれほどの違いがあるのか分からないものがあるので、これら7つを実際にオシロスコープで確認してみる。

こうして見ると、Sineの形はなかなか歪なクセをもっていて少し面白い。(対してTrack 5, 6, 7-8のTomでは、綺麗なSineを確認できた。)また、Track 3-4のOscでも1, 2のものとまったく同じ形状を確認した。Rim ShotやClapの音を形成するための制御機構を追加で持っているほかは、同じ回路をもっているらしい。

Analog RytmのDual Oscの仕様とその変態性はこれで伝わったことと思う。
万能型のオシレータではないが、その力量に不足があるわけでは決してなく、一般的なモノシンセではまずあり得ないこの設計が、独自の魅力がある音を生み出してくれるのである。15(18)種のシンセシスモデルを持ち、SampleからWavetableなどを重ねることもできる上に、Analog Multimode FilterとLFO、そして全パラメータにほぼ無制限で割り当て可能なモジュレータと見なすべきシーケンサーと、Velocity Modなどがここに組み合わさることを考えれば、これをモンスターモノシンセと呼ぶことに躊躇はない。

ついでに、"SY-Chip"のDigital Pulse Wave(WAV: PWM+, PWM-, P1..99%)の波形も確認してみた。

この形状から推測するに、どうやらいま見たVCOのSquareのサンプルを元に作られているらしい。Track 1にAnalog Square、Track 2にこのDigital Squareをロードして聴き比べてみたが、当然ながらまったく音に違いはなかった。OS1.70以前のRytmは、Squareを含めてPulseの波形を出すことができず、Sampleで代用するほかなかったのが弱みのひとつであった。RytmのVCOに忠実な形でこれが実装されたのは嬉しい。

Machine "SY-DualVCO"については、次のKimura Taro氏の記事が詳しい。各パラメータの簡単な説明は、先に私がUser Manualから引用したが、このMachineには多くの機能が8つのパラメータに収められているために十分には理解しづらいのである。この記事では親切な図解が施されている上に、サウンドデザインの例まで紹介してくれている。

note.com

最後に、このDual Oscのポテンシャルがよく分かる動画をいくつか紹介しておく。うまく使えば、もはやドラムマシンの領域を遥かに超えたところへプッシュしてゆくことができるのだ。

youtu.be
Saint Stink Music氏の作品。リズムパートはサンプルで仕込んだもののようだが、シンセはすべて純粋に"Dual VCO"の音である。RytmのFilterの瑞々しい質感が活かされている。

youtu.be
こちらも同じ人の動画。Chord以外はすべてRytmのアナログサウンドだ。他にも色々と動画を見たが、ここまでこの楽器の可能性を引き出したクオリティの高いものはなかなか見ない。

youtube.com
これは先のものとはまったく趣向が異なる。有名なUser Friendly氏による動画。この人がElektron機材を触ると、どれもDelay Feedbackを強烈に効かせたグリッチマシーンになってしまうのだが、FXのP-LocksまでできるElektronのシーケンサーを活かした良例として面白いので挙げておく。

2. 総評 —Pros & Cons

Analog Rytmという楽器を一言で言い表すなら、強力なDual Oscillatorを3ボイス持ち合わせる「8ボイスアナログドラムシンセサイザー」——Analog Multimode Filterと豊富なモジュレーターという過剰なまでの構成を全ボイスにもち、1トラックだけでもどこまでもパターンを作り込んでゆけるシーケンサーを備えた「13トラックアナロググルーヴボックス」といったところだろうか。
単純にここまで柔軟かつ快適なワークフローでドラムサウンドを深く作り込めるバイスはソフトウェアでも他になく、特に808, 909, 606やMFBなどのクラシックアナログドラムマシンタイプの音を出せることが、私がRytmを購入した最大の理由になっている。実際に手にしてみて、そのドラムシンセサイザーとしての力能は想像を超えるものだった。
Elektronのシーケンサーの魅力は前から知っていたが、それが13トラックもある上に、贅沢なモジュール群とSample Playback Engineが組み合わさると、ドラムマシンを超えてグルーヴボックスとしてのポテンシャルをもつ。私は複雑なパターンを打ち込むときは、もっぱらDAWを使っていたのだが、Rytmを手にして以来、ビートの打ち込みはもはやこれ以外考えられなくなってしまった。

ほとんど無制限の操作可能性をもち、この自由さから、「機械に遊ばされている」という感覚をまったく起こさない。機能が制限され、決まった使い方しかできないような電子楽器は、初めのうちは楽しくてもすぐに飽きてしまいがちなのだが、Rytmという楽器はその対極にある。「ビートを作り込むのに必要なモジュールはすべて用意した、あとはなんでもご自由に」と言わんばかりだ。
単にKickを作るだけでも、どのTrackのどのMachineを使うか、Sampleをどうレイヤーするか、FilterはLPかHPかPeakか、LFOを何に使うか、等々、決まったメソッドが存在しない。様々な実験をすればそれだけ新しく優れた音で返してくれるのである。シーケンスの組み方さえも一様ではない。
ただしこれだけの自由が許されているということは、悪く言えば、良い音を直ちに作らせてくれはしないということでもある。実は、Machine単体で音を作ってもピンとこないものにしかならないことが多い。Transientが弱かったり、太さを欠いていたり、チープな音になってしまうこともしばしばある。他の一般的なドラムマシンのような、設計の尽くされた完成形の音をMachineに期待すると、失望することになるだろう。実際、RytmのSnareやTom, HHの音の出来には悪い評判も多く目にする。
そこでFilterやLFOの出番となるわけだが、普通のシンセサイザーと同じやり方ではうまくいかない。そもそもドラムサウンドの音作り自体が難しく、ミリ秒の次元で音を構成しなければならないし、それぞれの構成要素の音のバランスが少し変わるだけで、大きく印象が変わる。ヘッドホンでは良い感じに聴こえても、スピーカーで聴くとTick音が強すぎるといったこともしばしばあり、モニターの問題も大きい。
Rytmはドラムマシンでありながら、サウンドデザインを研究しなければ力を発揮させることの難しい楽器なのである。それだけに、知り尽くすことのできないほどの無限の可能性がある。

Rytmのサウンドデザインについては次の記事で扱う予定だが、さしあたっては私が参考にした情報源を紹介しておく。
Rytm tips and tricks - Analog Rytm - Elektronauts
Synthesizing a 909 Kick - Analog Rytm - Elektronauts
Dual VCO / DVCO - Analog Rytm - Elektronauts
(Elektronautsのスレッドを読むときは、"Summarize This Topic"の機能が便利。View数、Like数の多い投稿のみが表示されるので、延々とスクロールせずとも有用な情報を手早く得ることができる。)

この章では、Analog Rytmの強み・弱みを個別具体的に述べてゆこう。

Pros

Rytmの良さについては上で述べたが、その強みとなる機能を具体的に挙げるなら次の4点である。

1. Overbridgeという外付けディスプレイ
2. Velocity Modによる複雑なモジュレーションシーケンス
3. FX Trackという13番目のシーケンサーによる外部機器制御
4. 柔軟なトラックルーティング

それではこれらの点を詳しく述べてゆこう。

1. Overbridgeという外付けディスプレイ

Elektron製品以上に、多くの機能とパラメータを持っていながら操作の易しい電子楽器を私は他に知らないのだが、その高い操作性をさらに完全無欠なものにしているのがOverbridgeである。基本的にDAWを開きながら作業する者にとっては、これがそのままRytmの外付けディスプレイとなる。Kit Editorを開いているときは、Rytm本体の側でActive Trackを選択すると、即座に画面が該当Trackに切り替わるという、完璧な連携ぶりである。
各トラックの全パラメータを一画面で眺めることができるので、ページをめくってゆかなければ状態を確認できないようなこの種の電子楽器に必ず伴うストレスがない。Kit全体をゼロからさっと組むときはOverbridgeで操作し、集中してひとつひとつSoundを作り込んでゆくときは本体で行うという使い分けができる。理想的なワークフローだ。
大量のSampleやSoundのプリセットを大画面でブラウズし、セーブ・ロードやフォルダの整理が快適にできるのは大きい。また、慣れれば何の支障もないのだが、Rytmのディスプレイではパラメータの名称が3文字でしか表示されないので、初見ではマニュアルを見なければ把握が難しい。そこでOverbridgeが心強い補助輪となる。
次のポイントも重要だ。RytmはSound, FXのパラメータのほぼ全てに即座にアクセスでき、メニューの階層を潜る必要が一切ないのだが、Sound Settingsメニューなどの例外がある。ときにLFO以上に頻繁に編集することになるVelocity Modはこのメニューの中に隠れているので、Overbridgeが重宝するのである。
しかしEnv ResetとVelocity ModのVelocity Rangeだけは、不可解なことにOBから操作することができない。高望みの贅沢を言えば、そもそもVelocity to Vol, Velocity Modなどの重要パラメータがメニューの中にあるということ自体が玉に瑕なのではあるが、これをLFO Parameter keyのダブルクリックでアクセスできるPage 2に用意することもできたはずである。これにより誤入力のリスクが生じるといったことも考えられない。昔からある要望なので、今後のアップデートでの改善は見込めない。

2. Velocity Modによる複雑なモジュレーションシーケンス

12のトラックのそれぞれに4つのパラメータにアサインできるVelocity Modは、普通に使ってもパーカッションのサウンドメイクの上で便利であることは言うまでもなく、たとえば808がもつアクセント時の微妙な音の変化なども生み出すことができる。
しかしこの機能の本領は別のところにある。Rytmの弱点は、Amp EnvやFilter Envを他のパラメータのモジュレータとして用いることができず、またLFODestinationも1つしかないこと——つまり複数のパラメータにアサインできるモジュレータがないことだ。そこで、シーケンサーと組み合わせることによりVelocity Modが活躍する。VelocityをVolumeから切り離し、汎用のモジュレーションソースとして用いるのである。
これによりモジュラーシンセでよくやる仕方でモジュレーションシーケンスが可能になり、DFAMのようなパターンを作ることも容易だ。P-Locksは、どちらかと言えば計算に基づいて綿密に複雑なパターンを作成することに向いており、また文字通りにパラメータを固定値に「ロック」してしまうというある種の融通の効かなさがある。対してこのやり方では計算しづらい予想外のフレーズを生み出しやすいうえに、パラメータを「ロック」することなしに柔軟なモジュレーションが可能だ。
このVelocity Modの活用法は、他にもFilterのKeyboard Trackingなど無数に考えることができる。
ちなみにAftertouchはシーケンサーに記録することができないので、Velocity Modほどには役に立たない。パッドで演奏することのない私には必要のない機能になっている。

3. FX Trackという13番目のシーケンサーによる外部機器制御

これまで幾度も強調したように、Rytmのシーケンサーは12トラックではなく13トラックである。つまりRytmは1トラック余分なシーケンサーを持っており、Drum Trackをひとつも犠牲にすることなく、モノフォニックシンセなどの外部機器をシーケンスすることができる
もっと言えば、そのためにFXのモジュレーションシーケンスを犠牲にする必要さえない。Rytmのシーケンサーでは、Note, Velocity, Length, Conditionに並んで、Synth, Sample, Filter Env, LFOへの有効・無効をトリガーごとに設定できる。Synthへのトリガーを無効にすればMIDI Noteの出力も無効になる(マニュアルにはない隠し仕様)ため、FX LFOをトリガー制御しつつ、同時に外部機器のシーケンサーとして用いることができるのである。

4. 柔軟なTrack Routing

Track Routingの柔軟性は、その機材の拡張可能性にそのまま直結すると言っていいだろう。私はたいていTrack 2をSynth Bassに用いるので、このTrackのMain Outへのルーティングを切り、DAW上で個別にミキシングすることが多い。一台で複数のトラックを打ち込むことができるマルチトラックシンセサイザーなどは、パラアウトができなければあまり使い物にならなかったりする(私がModel:Cyclesを手放した理由のひとつだ)。
何の使い道があるのかまったく考えの及ばない機能としてさらに、TrackのSend FX (Delay, Reverb)へのルーティングを無効にできるオプションがある。Master FX (Distortion, Compressor)へのルーティングを変更できるなら便利だが、TrackごとにSendがあるもののルーティングを無効にできることが何の役に立つのか。ともかく私としては、電子楽器には使い道の分からない機能がついているほど嬉しいのであるが。

「機能」ではないがそのほか、私はmk1の直方体デザインが大好きだ。最も美しい電子楽器ではないか。その角は鋭く、2.4kgという重さも相まって、凶器となるに十分なほどだ。弁当箱型となったDigitaktなどにもこの無骨なスタイリッシュさが継承されているのは嬉しい。そしてTrigキーを初めとした、ボタンの押し心地は絶品である。これも他では代え難い。タイプライターのような感触が中毒になり、文字通りの「打ち込む」快感がある。

Cons

Rytmの弱みとしては、次の4点。ドラムシンセサイザーとして以上に、サンプラーやグルーヴボックスとしての側面を求めている人にとっては、別の機材を選択する十分な理由となるポイントも多い。

1. Sample Playback Engineの貧弱さ
2. MIDI Machineの欠如/MIDI Trackへの切替も不可
3. お役御免となってしまうAmp Envelope
4. MIDIコントローラーなしではライブパフォーマンスに不向き

それでは詳しく述べてゆこう。

1. Sample Playback Engineの貧弱さ

おそらく最大の弱点であり、最も耳にすることの多いユーザーの不満点。これだけの機能と1 GBのストレージを持っていれば、RytmにMPC並みのサンプラーとしてのポテンシャルを期待するのは当然だろう。Elektronのシーケンサーは横軸のTracker的な趣があるので、これでブレイクビーツを打ち込むのは楽しいはずだ。実際に、YouTubeでは半数近くの動画がこれをサンプラーとして用いている。
しかし、SampleはOne ShotかLoopでの再生しかできない上に、このLoopはテンポ同期不可。Chromatic Modeがあるのに、シーケンサー上でトリガーごとにStart, Endを設定しなければSliceができない。mk2ではせっかくSamplingやディスプレイでの波形グラフィック表示が実装されたのに、これではサンプラーとしては貧弱であると言わざるを得ない。Sampleに関してはあくまでもドラムマシンとしての用途しか考えられていないようだ。
Noteに応じて再生位置を変えることくらい技術的には容易に実装できそうなものだが、アップデートではStart, Endの分解能が0.00-120.00に上がるなどの可能な限りの改良が施され続けていながら、mk1の発売当初から根強いSlice機能の要望は成就していない。これがRytmの限界なのだろう。(対してDigitaktはアップデートにより、Sample MachineとしてOneshotのほかWarp, Repitch, Sliceが実装されている。)
しかし完全ではないにせよ、ユーザーのアイデア次第で不可能を可能にできるのがRytmである。LFOやRetrig, Velocity Modを使ってテンポ同期のタイムストレッチを実現する方法がここでは議論されている。
Timestretch - Analog Rytm - Elektronauts

2. MIDI Machineの欠如/MIDI Trackへの切替も不可 

これは私が当然あるだろうと期待していたものだ。これだけの優れたシーケンサーを備えているのだから、外部機器の制御にも獅子奮迅の活躍を見せてくれるだろうと考えてしまう。しかしP-Locksは内部で処理されるので、MIDI CCのシーケンスはできないシーケンサーが出力するのは、MIDI Noteだけである。μTimingやTrig Conditionの強みがあるので使い物にはなるのだが、もっと優れたことができても良い。パラメータに任意のCC#を割り当てることも叶わない。それぞれのパラメータノブは各TrackのChannelで固有のCC#を出力するだけである。
そしてさらに勿体無いのが、Drum Trackをボイスから切り離してMIDI Trackとして用いることができないということである。たとえばTrack 7-8 (Tom)はボイス共有でTrackが分かれている恩恵が皆無なのだが、そこで片方を外部機器制御のMIDI Trackとして活用しようと思っても、一方がトリガーを送信すれば他方のボイスがchokeされてしまう。ゆえに、Drum Trackのひとつを外部機器制御のシーケンサーとして用いるためには、Rytmの1ボイスを犠牲にしなければならないのである。余分のFX Trackを活用することができるという強みがあるものの、この仕様のせいでせっかくの13トラックをフルに活用することがほとんどできないのは極めて惜しい。
OctatrackやDigitakt, Syntaktは、4音ポリフォニックのシーケンサーを持っている上に、Elektron Sequencerを最大限に活かしたCC P-Locksができるようだ。OctatrackのMIDI Trackでは、Pitchbend, Aftertouchのほか10個のCC#を任意に設定できる。MIDI LFOによるモジュレーションも可能だ。また、Digitakt, SyntaktのMIDI MachineではPitchbend, Aftertouch, Modwheel, Breathに加えて、8個のCC#を設定できるうえに、もちろんLFOも使える。どうしてRytmにはこれができないのか。ElektronのシーケンサーはSequentix Cirklonを超えるほどのポテンシャルがあると私は信じているので、いつの日かシーケンサー単体の製品を出してくれることを強く願っている。

3. お役御免となってしまうAmp Envelope

ふつうあり得ないことだが、RytmではAmp Envが用いられないことがしばしばある。このことは、Rytmが優れたシンセとして設計者の想定を超えていることを示す事実とも言える。どういうことか。
Synth (Machine)が形成する音はどうしてもTransientが弱く、鋭さを欠いていることが多い。SnareやHi Hatでは致命的である。これを補強する手段は、Sampleとのレイヤーなど様々に考えられるが、Synthの音に何も付け加えずに純粋なままで味を引き立てるベストな選択肢は、Amp Volumeをゼロか低い値に設定し、LFO(主にExponential)を代わりのAmp EnvとしてVolumeに割り当てることである。DecayもLFOのSpeed, Multiplierでうまく調整することができる。
このトリックが優れているのは、Transientの形成のみならず、ReleaseのVolume Curveに関しても理想的な結果を得られる点である。RytmのAmp Envはあまりに直線的な形状をしており、音の余韻をぱつんと切ってしまう。したがって特にHi HatのサウンドシェイピングではLFOを用いるのが最適解となり、Amp Envはお役御免になってしまうということだ。(また、このEnvはドラムサウンドのために設計されているためか、Attackの範囲が狭くかなり短いものになっている。これを長くするためにはLFOやP-Locks + Slideをうまく使わなければならない。)


↑CHの音作りの典型例

もちろん、このLFOによるサウンドシェイピングは非常に強力なRytmの強みであるとも言え、Analog Overdrive, Filterと組み合わさって、内臓のSynthのみならずSampleの音を高い次元に引き上げてくれる。(某コピペではないが、ドラムを「シンセのフィルターに通す」のは大好きだ。)しかし、そのためにLFO Destinationの貴重な一枠が消費されてしまうのは惜しい。Machineには既に固有のAmp Envが備わっているのだから、ボイスのAmpセクションには中途半端なAHD Envではなく、特殊なサウンドシェイピング機能を実装すべきだったのではないか。個々のパーカッションサウンドから汎用的なシンセ用のものまで、いくつかのEnvモデルが用意されていたなら、Rytmは比類ない最高度のドラムシンセになっていたことだろう。デジタル制御の柔軟性を活かせば、Env Curveを自在に変形させることだってできたはずだ。

4. MIDIコントローラーなしではライブパフォーマンスに不向き

Rytmでは、Track Volumeを含め、複数のTrackのパラメータに同時にアクセスすることができない。そのためライブパフォーマンス用の機能として、Scene Modeのほか、Performance Modeが用意されている。しかしこのPerformance Macroは、Padを押している間のみAftertouchに応じた深さでかかるという仕様になっており、これを本体のノブで操作することはできない。YouTubeでRytmのライブ動画を見ると、主にパッドを操作していて、ノブに触れることがほとんどないのはそのためだ。SceneもPerfも、あくまで飛び道具的なエフェクトを一時的にかけるという用途が想定された設計になっているのである。効果を持続させるためには、外部からMIDI CCで制御するほかない。ノブを操作して徐々に変化をつけてゆくというミニマルな展開を生むことができないのは、テクノでは致命的である。
したがってRytmを使ったライブパフォーマンスでは、少なくとも8-12トラック分のTrack VolumeとPerformance Macro用のノブを備えたMIDIコントローラーが必要になる。定番はFaderfoxのPC12だが、高価なうえに、私は自照式のエンドレスロータリーエンコーダしか受け付けないので却下だ。サイズや柔軟性の観点から、iPadを最善手として提案する。
このPerf Macroの仕様について注意しなければならないのは、これはシーケンサー上のP-Locksよりも優先度の高い、ある種のパラメータロックとして作用するということである。つまり、Perf MacroはTrack Soundで設定されたパラメータの値に対して相対的にかかるが、これが有効になっている間はP-Locksは無効になってしまう。マニュアルでは分かりづらい仕様だ。したがってライブを想定してPatternを打ち込む際には、Perf Macroによりリアルタイムで操作したいパラメータと、Patternの土台としてP-Locksで細かく打ち込みたいパラメータとを、はっきり区別しておかなければならない。

意外とできないこと

「弱み」というほどではないが、単にできないことをいくつか挙げてみる。これだけの機能があると、なんでもできると期待してしまうものだ。

External InputのTrackへのルーティング
ドラムマシンにオーディオ入力ジャックがついていると、Korg ER-1 (Electribe)のようにTrackへのルーティングができるに違いないと予想してしまう。だが、この入力はCompressorの直前に送られてRytmのMain OutとMixされるものであって、Filterに通したり、Send FXやDistortionをかけることはできない。
ただし先にも述べたように、Overbridge Control PanelからRytmのTrackへオーディオを出力することはできる。

連続的な値の変化の記録
別に意外なことでもないが、RytmのシーケンサーはStep単位のP-Locksとしてパラメータの値を記録するので、Patternに連続的な値の変化を作るためにはP-Locks間のParameter Slideを打ち込む以外には方法がない。
Aftertouchをシーケンサーに記録することはできず、Pitch BendやMod Wheelのコマンドはそもそも認識しない。PBの効果を作るためには、SynthのTuneをP-LockしてSlideさせるしかないだろう(RytmのSynthにはGlideの機能が無いので、303 SlideのようなBass Lineを打ち込むにはこの方法をとることになる)。

Accent Mod
Rytmのシーケンサーにも当然ながらAccentの機能があるが、TrigのVelocity値にAccent値を足すだけというお粗末な仕様になっている。Velocityをその都度打ち込まなくても手軽に強弱をつけることができるということ以上のメリットはない。
このような仕様になっている以上、Velocity 127のTrigにAccentをつけても何の効果もない。ちなみにTrig Velocityの初期値は100で、Accentの初期値は32に設定されている。初期状態で既に値が頭打ちになっているのである。せっかくAccent Trigという機能があるなら、Velocityを強める以外にも、せめてOverdriveや、Accent特有のModを設定できても良かったのではないかと思ってしまう。「勿体ない」という以上の話ではないのだが。

Syntaktとの比較

Elektron Syntaktは、Sample Playback Engineを欠いていることを除けば、Rytmの上位互換に他ならない。こちらは12ボイスで、Rytmの主要なAnalog Machineと同じものを4ボイス(RytmのTrack 3-4 Dual Oscillatorを3ボイスと、Track 9-10, 11-12のMulti Oscillatorを合体させたものを1ボイス)と、Digital Machineを8ボイス持っているうえに、そのすべてにLFOが2基備わっている。さらに、4音ポリフォニックのシーケンスが可能で、計16のパラメータをアサイン可能なMIDI Machineへの切り替えも可能であり、外部機器制御のためのシーケンサーとしても圧倒的に優れている。
ただ、やはりSampleを使えるかどうかの違いは大きい。サンプラーとして使えないほか、何よりもレイヤーによる音作りができないのはドラムシンセとしても弱い。任意のTrackへのルーティングが可能なSample Engineが2,3基あるだけで、Syntaktは完全無欠の理想的なドラムマシンになったことだろう。

以上、Analog Rytmとはどのようなドラムマシンであるかは述べきった。

昨年のOS1.70に至るまで、10年近くもの間アップデートによる大きな進化を続けてきたのもこの楽器の強みだが、おそらくこれが最後なのではないかと予想する。Dual OscのSquareや、CB Machineへの2つのPulse Widthパラメータの追加、6つのOscの周波数をそれぞれ設定可能なHH Machineの実装など、Rytmのアナログ回路でできることは極限まで引き出された感がある。Noise LFOのSmooth (Slew)、他の新型機に先んじてのユークリッドシーケンサーの実装の反面、Sample Sliceを初めとした発売当初からの要望が叶っていないことからも、やはりこれがRytmの最終形だろう。
発売後にもここまで手を入れ尽くされた電子楽器が他にあっただろうか。ユーザーにとってこの楽器が遊び尽くせないものであることは、メーカーにとっても同じであることを、この事実は示しているのかもしれない。

余談:アナログ・デジタル論争

アナログシンセブームが到来して久しい。モジュラーシンセの流行や、Korgが安価なアナログシンセを発売し始めたのがちょうど10年少し前だが、中学生の私がシンセに興味を持ち始めたのもちょうどその時期なので、それ以前のことはよく知らない。Analog Rytmが発売されたのは2014年だから、21世紀のアナログシンセとしては先駆的なポジションにある作品と言えるのかもしれない。
"Analog"という名前を冠しているだけあって、この楽器には「アナログサウンド」の評判がつきまとうものだが、「アナログの音の良さ」と言うときの「良さ」とは一体何を意味しているのだろうか。最も頻繁に耳にすることになる「アナログ=音が太い」という常套句に関してはまったく意味が分からない。

アナログシンセの音について考えるにあたっては、デジタルシンセの方を先に考えたほうが、事が分かりやすくなるかもしれない。デジタルシンセの「デジタルっぽさ」というのは確かに存在する。
この言葉の意味は二つ考えられる。一つは、単純にデジタル特有の合成方式で作られているということ。根本的な仕組みが違うのだから、「シンセ」という共通点があるだけで、Subtractiveの典型的な構成のアナログシンセとはそもそも別物の音だ。あと、リヴァーブなどのエフェクトの多くも分かりやすいデジタルサウンドである。もう一つの意味は、デジタル処理(の限界)に伴う音のクセ。エイリアシングなどは分かりやすいが、それだけで説明できるものかは分からない。特に、Waldorfのヴァーチャルアナログなどには猛烈なゼロ年代前後のデジタルっぽさを感じる。
Waldorfなどの音が、なぜひと昔前のものという古臭い印象を帯びているのか。それは、アナログシンセが流行り出したこの時期が、こうしたヴァーチャルアナログの多くからこの後者の意味でのデジタルっぽさが無くなりきった時期でもあるからではないか。
そうすると「アナログサウンド」というのは本当は、この前者の意味での「デジタル」との対比で言われているような気がする。要するにこのアナログシンセの流行は、「クラシック」シンセの流行と言ったほうが正しいのではないかと思われる。2013年のKorg Volca三部作、2014年のMS-20 mini, Roland AIRAなどを皮切りとして、Behringerによるヴィンテージのアナログクローンがリリースされている現在までの流れは、「アナログ」というより「クラシック」のモードとして理解すべきものだろう。

断っておくと、私はアナログは音が良いかという問題にはまったく興味がない。アナログとデジタルとは別物であり、それはアナログという範疇のなかでそれぞれの機材の音が別物であることと同様に別物だからである。言うまでもなく、何でも別の音であり、重要な尺度は優劣ではなく趣味だ。エイリアシングだって味である。また、ハードウェアである以上どんなものでも経年劣化による音質の変化などがあるだろうが、この点に関して言えば、生き物好きの私はアナログシンセの様々な故障可能性の方にロマンを感じる。
ただ興味がないとは言っても、嫌でも目にすることになる「アナログ」の評判にはうんざりしている。ここには、本物と偽物というナンセンスな評価軸が入り込んでいるからだ。この評価軸が根強く残っていることには、「ヴァーチャルアナログ」やそれに類する各社独自のネーミングに功罪があるように思う。もはやアナログを引き合いに出すことには、後者の意味でのデジタルっぽさがないことの印象づけ以上の効果を持っていないどころか、「アナログの二流」という印象づけに一役買ってしまっているのではないか。本来はわざわざ比較する必要がないにもかかわらず、である。
「ヴァーチャルアナログ」という古い言葉は、趣深いゼロ年代のデジタルっぽさを象徴するものとして取っておいて、そうした性格から脱している今日のデジタルシンセはもう、「アナログ」の名称と手を切ったほうがずっと魅力的に映ることと思う。本物と偽物という対立項や、色のついた野暮ったい形容詞なども使わずに、もっとニュートラルに見せてくれたほうが垢抜けている。

ところで、私がいま手元にすぐ使える状態で置いているハードウェア音源は、Analog Rytm, Chroma Polaris, Pro-1の3つで、奇しくもすべてアナログである。数年前はModel:CyclesやVolca FMを持っていたものの、好みに合わず売却してしまった。
この選り好みは、当然ながら私の音楽の趣味に強く由来しているだろう。そもそもシンセや作曲に興味を持ち始めたきっかけは、Aphex Twin (Caustic Window)との出会いである。それ以前から音楽は好きだったものの、AFXの影響が無ければシンセに手を出すことは無かったのではないかと思う。中でも、ここ数年はすっかりAnalordの中毒になっている。
Rytmの音はちょうどこの趣味に合ったものだった。クラシックドラムマシンの音を自分でデザインし、リアルタイムで自在にモジュレートする楽しみがある。909 TomなどのTRサウンドをそのまま使いたい時も、Samples from Marsで揃えておけばRytmで鳴らすことができるし、R-8ライクなIDMを象徴するフレーズまでカヴァーしている。(それぞれの音に2, 3のパラメータしかないドラムマシンならば、そのサンプルがあれば十分であり、これをDAWやDigitaktなどのサンプラーで再生したほうが面白いことができるだろう。)
Caustic Window - Joyrex J5 (1992) | YouTube
AFX - Batine Acid (2005) | YouTube

ただ、アナログシンセの固有の良さは音以外のところにあると私は思っている。それはデジタルとは別様の拡張可能性——つまり、MIDI制御に対するCV制御の優位性である。これはアナログシンセ固有のものというよりかは、厳密には電子楽器を外部から制御する際の、アナログ制御に固有の優位性と言うべきなのだが、事実としてアナログシンセの方が柔軟にCV制御を受け付けている傾向にある。
まず前提として、電子楽器のすべてのパラメータがMIDI制御可能であること以上に便利なことはない。プリセットを保存できる強みは他に代えが効かないし、モジュレーションシーケンスもできる。MIDI制御の可否が、電子楽器の拡張可能性に関わる最大の要素であることに疑いはない。
しかしシーケンスやモジュレーションに関して、MIDIには多くの限界がある。まず、基本的にその打ち込みはNoteの音階に縛られてしまう。これはPitch Bendである程度柔軟に対応できるにせよ、最も致命的なのは処理速度である。パターンに変化をつけるためのモジュレーションには十分であるものの、少し無理なことをすると値が飛んで、All Notes Offコマンドの出番となる。
そこでCV入力があれば、高速のEnvelopeやLFOを外部からかけることさえできるので、実質シンセのモジュールを拡張することができる。そしてシーケンサーとの有機的な接続が可能となるため、このCV入力の有無が、そのシンセでどのようなパターンを打ち込むことができるのかということに直結するのである。モノフォニックシンセには絶対に欲しい機能だ。
Pro-1の良いところは、豊富とは言えないまでもCVの出入力を備えているところだ。CV制御により複雑なパターンを打ち込めるという楽器としてのポテンシャルは、パラメータのMIDI制御ができないという大きな不便を買ってでも得る価値がある。モジュレーションマトリクスとMod WheelのCV制御により、それなりに面白いことができる。(Volume, Mod Amountや、各OscのCV入力が無いことへの不満も大きい。)
Rytm(mk1)はCV入力こそ無いものの、多彩なモジュレーションやP-Locksを中心としたシーケンサーとの強力な統合により、その内部に広い拡張可能性を秘めている。ただし、Pitch BendやMod Wheelを認識しないほか、曲線の表現が苦手であるという欠点もあるため、これを補えるmk2のCV入力は魅力的かもしれない。
CVを内部でデジタル信号に変換し、任意の複数のパラメータにアサインすることができるという機能は、デジタル制御とアナログ制御のマリアージュと言える。もちろん、CV並みの柔軟性を備えたデジタル制御があれば理想的だが、そのような規格が実現する日は来るのだろうか。