Rotted One Note

シンセサイザー雑記

M4L MIDI Device: Polaris Controllerリリース——機械を「ものにする」こと

maxforlive.com

Chroma PolarisAbletonからコントロールするためのMax for Live MIDI Deviceを作成した。ヴィンテージMIDI機器の動作に最適化された仕様になっており、実機のパネルよりも明快なインターフェースで、ストレス無く思うままにシンセを扱うことができる。作った音をプリセットとしてadv.形式でAbletonに保存することも容易い。データ処理が追いつくように工夫が必要だが、パラメータのモジュレートまで手軽にできる。

このデバイスを使うことができるのはPolarisの所有者かつAbleton Live Suiteユーザのみであり、ごく限られているが、このPolarisというシンセサイザーは設計上の欠陥により、特別な修理を受けていない限りはほとんど必ずコントロールパネルが故障して操作不可能になる運命におかれているので、需要はあろうと思い公開することにした。

このChroma Polarisというシンセサイザーについては次の記事を参照。

methylphenyl.hatenablog.com

バイスの特筆点

・Resend All (Data Dump)機能
このボタンを押すと音色に関わるすべてのパラメータの値がそれぞれ30ミリ秒の間隔をおきながら出力され、約1秒でデバイス上のプログラムがPolarisに完全に反映される。(この遅延は通信の安定化のためにあえて設けた。)
シンセの音色を即座に初期状態に戻したり、Ableton上で作ったプリセットをロードするのに便利な機能。

・マニュアル・ヒント表示機能
パラメータにカーソルを合わせると、そのマニュアルがAbleton画面左下のInfo Viewに表示されるようになっている。アナログシンセにマニュアルは不要とも思われるが、このデジタル制御のシンセには初見殺しの仕様があったりするので意外と役に立つ。(「Pitch Bend Rangeを負の値に設定すると"Selective Pitch Bend"モードとなり、押さえているキーだけにピッチベンドが適用される」など。)
このデバイスを作るにあたって初めてマニュアルを熟読したところ(何せスキャンが荒く判読不能な箇所が多々あるようなpdfしか入手できない)、それで初めて知った仕様や、音作りに有益なTipsなどもいくつかあったので、せっかくだから書き起こしておいた。

- v2.0 Update - (24/3/27)

maxforlive.comでいただいたコメントの要望に応じて、"Pedal Depth"パラメータを追加した。まずPolarisユーザーの同志に出会えた喜びがあるが、この指摘は私にとってもかなり有益なアドバイスとなった。
Polarisにはペダルによるモジュレーションを、Sweep Rate, Vibrato, Pitch, Cutoff, Volumeの5つのパラメータに対して設定できるのだが、ペダルを用いることがない私はそのPedal Depthパラメータをデバイスから省略していた。しかし、PolarisはKey PressureないしChannel Pressureが有効であり、このPressure ExpressionがPedalに相当するものとして処理されるのである。ノート単位での打ち込みの表現の幅を大きく広げるこのパラメータを省略してしまうのは愚策であった。
やはり用意されているパラメータはすべて、容易にアクセスできるようになっていなければならないと、改めて確信した。

 

機械を「ものにする」こと

このシンセを手にしたのは中学生の時で、既にパネルのスイッチは反応しないところが多く、さらに6ボイスのうち1ボイスが故障していて音が出ない状態だった。当時はシンセサイザーの仕組みもわかっておらず、内蔵プリセットを読み込んでは考えなしにフェーダーを動かし、フィルターを効かせた音の質感に満足して終わっていた。偶然いい音ができたら録音して自分の曲の中で使ったりもしたが、まったく使いこなせないまま飽きてしまって、ずっと手元には置いていながらも触ることがなくなった。

それからかなり時が経ち、シンセサイザー・オタクとして日がなYouTubeでありとあらゆるシンセを物色するなかで、このPolarisという楽器ほどに私の好みに適った音を出すアナログポリシンセはそうそうないと気がついた。しかしこの頃には、パネルの故障が進んで、いつの間にかほとんどのスイッチが反応してくれなくなっていた。

あまりに惜しいので、CCやSysExで外部から良い具合に操作できるようにしようと思い立ち、マニュアルを熟読して方法を模索した。幸いなことにインターネットには、他にないほどにコンテンツの充実したPolarisの同好者コミュニティサイトRhodes Chroma · Polaris)が存在しており、ユーザーマニュアルはもちろん、サービスマニュアルから、業者に依頼してスキャンしたという高解像度の大判設計図までもが入手できる。(このサイトは1999年に設立されて以来、驚くべきことに2020年まで更新されている。)
マニュアルを読んで初めて知った機能などもあり、今更ながらやっとこのシンセの仕様を完全に理解することができた。機械のポテンシャルを把握し、その色々な可能性に思いを巡らせることが、マニュアルを読むことの楽しみである。

そうして私はMIDIコントローラ(Novation ZeRO SL mk2)でPolarisをコントロールするためのテンプレートを作成したのだが、これは満足のいくものではなかった。このシンセはModulation Depthなどを中心に多くの両極パラメータを持っているが、負の値を補数表記で処理してしまうので、MIDIコントローラが-64..+63の表示オプションを備えていたとしても、うまく機能しないのだ。これでは直感的な操作が叶わない。
(それでも需要があるかもしれないので、Novation ZeRO SLのPolaris用テンプレートの.syxファイルもアップロードしておいた。この記事の最後に貼られたリンク先からダウンロードができるはずだ。あと、読みやすいように私がタイプし直したMIDI Implementationのpdfも併せて貼っておく。)

そこで考えたのが、Max for Liveでこれに対処することだ。自分でデバイスを作ってしまえば、欲しい機能をなんでも実現できる。Maxのプログラミング経験はゼロだったが、補数表記への変換くらいは簡単な四則計算で片付くし、オーディオの処理ならまだしも、MIDIの処理などはごく単純なことなのだから苦戦することもないだろう。
手を出してみたところ、親切なヘルプがアプリ内に用意されているおかげで、ほんの二日で意図するものを完成させることができた。何かを新しく勉強するということのハードルが低くなったことが、この歳になって身についた徳の最たるものと思う。


こうして思うままに扱うことができるようになったPolarisは、まるでこれまでとは別物で、新しく手にしたものかのようであり、私はようやく初めてこれを所有したのだという感覚を覚えた。

ひとが楽器を所有したという感慨を抱くのは、弛まぬ練習が実り、それが自分の身体の一部と感じられるほどに練習を続けたときだろう。しかし私がシンセサイザーを好み、まれに音楽を作ることもあるのは、手の技術ではなく思考によって、思考の及ばないような音を生み出すことができるからだ。だから、それが身体の一部になるときではなく、言うなればむしろ頭脳の一部になるときにそうした感慨をもつ。
機材を手にしては少し触ってすぐに飽きてしまい、また別のものが欲しくなるといった悪癖が無くなったのはかなり最近のことである。飽きてしまうのは、機械のポテンシャルをほとんど理解することがなかったからだ。今ではもう、試し切ってしまうことが無さそうなほど広い可能性を、具体的な形で機械のうちに見ることができている。喜ばしいことだ。

 

How to Learn Max

MaxはUIがわかりやすく、充実したガイドも用意されているため、高校の科目並みに習得しやすい。このことが分かっていればもっと早く手をつけていただろうと後悔したので、少し紹介しておく。

Max for Liveユーザならば、Abletonからダウンロードできる"Building Max Devices"というPackが入門に最適だろう。いくつものLive Setから構成されており、Maxの操作から、基本的なデバイスの作成まで手取り足取り教えてくれる。
Building Max Devices | Ableton

そして何より役立つのが、Max内ですぐに参照することができるmaxhelpである。Objectを右クリックすると、実際に操作可能なパッチングと解説文で構成されたHelp Fileを開くことができるようになっている。この機能のおかげで、既存のM4Lデバイスのパッチングから簡単に学びを得ることができる。

目的に応じて必要なObjectを探すには、Cycling '74のホームページにある事典が便利。ここにすべてのObjectが網羅されている。
Object Thesaurus - Max 8 Documentation

操作方法といくらかの基本Objectを把握すれば、実験しながら作りたいデバイスの一部分を構成してゆくことができる。(このとき、Max内でのモニタリングだけではなく、実際にデバイスから外部へと問題なくデータが出力されているかも確認するのが良いだろう。内部ではうまく処理されていても、出力時の処理方法が異なっていて想定外の問題が起こることがある。)

そうして欲しいデバイスに必要な機構がすべてうまく働くことが分かれば、あとはそれを組み合わせるだけだ。視覚的に理解しやすいので、部分ごとの接続に欠陥がないかの確認に困ることもない。

 

仕掛けを作る楽しみ

私は漠然と創作活動が好きなのだと自認していたが、文章を書いたり絵を描いたりすることにはほとんど興味がない。それは趣味の対象の問題だろうと理解していた。聴いていられずには生活できないほどに音楽は好きだけれども、本を読むことは苦手だし、美術館に行くこともそれほど好きではない。しかしよく反省してみると、音楽を作ること自体も大して好きではないのではないかという疑いが生じてきた。

私は創作活動一般というよりも、「仕掛け」を作ることが好きなのだろう。機材のマニュアルを読み耽ったり、Maxを触ったりしているうちにそう気がついた。持ってもいない機材のマニュアルを読むのは、もちろんそれが自分の食指を動かすものかどうかを知るためということもあるが、良い機能があればその仕組みを理解して、自分の機材セットアップに応用できないかを考えるためである。コンピュータと組み合わせれば、かなり自由に楽器の機能を拡張することができる。それに、MaxでObjectを接続して仕組みを作る楽しみは、正直なところ、シーケンサーでドラムマシンを打ち込む楽しみをもはや超えてしまっていたほどだ。まったく大したものではないのだが、このデバイスが完成したときは、Resendボタンを押してPolarisのパネル上のLEDが高速で順番に点滅してゆくのを何度も楽しんだ。

そもそも複数の機構をうまく同期して動作させること自体に独特の快楽がある。だから私が楽器にまず求めるのは拡張可能性である。この点でAbleton Live以上のDAWは他にないだろう。各オーディオトラック・MIDIトラックは自由にルーティングすることができるし、プラグインを含むすべてのデバイスのパラメータにLFOやEGを追加することも簡単にできてしまう。たまに音楽を作ろうとも思うのは、音楽を作ること自体を目的としているのではなく、音楽を鳴らす仕掛けを作ることの楽しみによるのかもしれない。コンピュータからMIDIやCVによっていくつもの機械をシンクロさせることには、何とも言い難いロマンがあるのだ。

 

Appendix

- Chroma Polaris MIDI Implementation [Reformated] 
https://drive.google.com/file/d/12go5xUGwrp88yDIPYI_4_5jSNlto3L1t/view?usp=drive_link

- Novation ZeRO SL Template for Chroma Polaris
https://drive.google.com/drive/folders/1Q31yBH3Y-Vuv0GVkgr3cpvHf56DEJU1t?usp=sharing